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Science Park(令和特別号Vol.2)

~意識に目覚めた時(前編)…初めて“人は人になる”~

誰にでも始まりはあります。

でも、その始まりとは、いつなのでしょうか?二つの細胞が出会った時!

それとも、この世に生まれた時!

科学者と宗教家の答えは違うはずです。

生物学的反応と意識的反応、どちらが生きている証なのでしょうか?

ある研究によると、一人の人物の中に多くの人物の面影が見えると言います。

命のリレーが続く中で、世代の境界線は、つねに“ぼやけている”というのです。

福祉施設にいくと、よく将棋をする高齢者達を見かけます。

時々、相手もします…私は父から将棋を教わったのですが、ふと、駒の動かし方を見てみると対戦している自分が父に見えてくるのに気づきます。

将棋が世代を超えて受け継がれていく様子と、体内にある細胞が世代を超えて移動していく様子には、興味深い類似点があるように感じます。

“命と命の深いつながり”です。

人の体には、過去何世代にも渡る血縁者の痕跡があるのではないでしょうか?

母体と胎児の間で、細胞のやり取りがあります。

昔は、母体と胎児の間はきっちりと仕切られていて血液の接触はないと考えられていました。

かつて、体内に形成される胎盤は、母体と胎児を隔てるバリアとなって、異質な細胞と遺伝子を決して通さないと考えられていました。

赤ちゃんと母親のDNAに交流はないとまで見られていたのです。

しかし、妊婦の血液を調べると、意外な事実が発見されました。スプーン一杯ほどの血液に、本人とは違う細胞が何十個も混ざっていたのです。それは、胎児の細胞でした。これは、妊娠中、母体と胎児の間では、細胞やDNAのやり取りが行われているということです。

胎盤は何も通さない壁では無いということです。むしろ“ザル”のように細胞が出入りできる小さな穴が開いていたのです。

体に入った細胞は、何十年も生き延びることが可能です。しかも親子だけでなく、他の先祖や肉親の細胞も混ざるのです。

年上の兄弟や更に上の世代の細胞が母体の中に残っていて、それが、妊娠を通して胎児に伝えられるということは、理論的にも可能です。母親は胎児から受け取った細胞を次に身ごもった下の子供に渡すことができるのです。こうして渡された細胞は、驚くべき活動をします。まるで、兵士のように病気と戦ってくれるのです。

長生きは、こうして過去の遺産を受け継ぎながら伸びてきているのかもしれませんね!

それだけではありません“がん細胞”の増殖を抑える働きもあります。

しかし、血液に混ざった異質な細胞は、体内の免疫システムに見つかると攻撃される恐れがあります。

人によっては、体内に少しだけ残った異質な細胞が多発性硬化症や強皮症などの自己免疫疾患の原因になってしまうケースもあります。

https://www.youtube.com/watch?v=6S0YNm6yRdQ&feature=youtu.be

世代間の細胞のやり取りが、人の体におよぼす影響には良い面と悪い面があるのです。

強い影響力を持つ細胞の存在、肉親同士の関係は思った以上に濃密なものなのです。

細胞のやり取りは、人と人との境界を曖昧なものにします。古い命の終わりと新しい命の始まりの間には、明確な区切りがないのです。

つまり、人体の一部は、卵子と精子が出会う前に作られているということになります。

そうすると…生命の始まりは何処になるのでしょう!

人は自分が生きていると知った時、始まるのではないか…という説があります。

人生はいつ始まるのでしょう!体外受精や出生前診断が可能になった今では、その答えは一層難しくなっているのではないでしょうか?

そこで、視点を変えてみました。

家が留守かどうか知りたい時は、ドアを叩いて答えを待つものです。

そこで、生まれた胎児に聞いてみてはどうでしょう…胎児のモリタリングから、始まりを考えてみました。

出産を迎える母親は産みの苦しみを味わいますが、実はもっと苦しいのは生まれてくる胎児なのではないでしょうか?

感情は人生で最も苦しい体験から始まります。

人は生まれる時、暖かく安全な子宮の中から、この世に投げ出されます。人生で最も劇的な1日ですが、私たちは何も覚えていません。

苦しみや痛みの意識はいつごろから生まれるのでしょう!自然保護者の中には、魚にも意識があるので、釣針で釣り上げられた魚は苦痛に反応している。だから、釣りはしないという人がいます。

でも、私は魚が痛みを意識するとは思いません。反応というより単なる反射ではないでしょうか!

魚は痛みの心理的な面を理解することはできないのです。

末梢から来る体性感覚情報を、大脳皮質の体性感覚野へ繊維中継する視床皮質連絡という脳の回路が無いからです。

視床皮質連絡は、脳にある交換台のようなもの、視覚、聴覚、聴覚、味覚、触覚などの情報は、ここを通って大脳皮質へ送られます。

脳はそれを経験として処理するのです。

視床皮質連絡は、意識に欠かせないものです。

私たち、人間のとりわけハイレベルな意識は、大脳皮質に宿ると考えられています。

見たり、聞いたり、感じたりしたものが大脳皮質に届かなければ、何も意識することはできません。

では、意識はいつ生まれるのでしょうか?

胎児のモリタリングの研究から、この連絡がいつできるのかが分かってきました。

意思が有ると判断するには、いくつかの条件があります。

たとえば、目覚めていて自分に体があると気づいていること、もちろん、光や音や匂いなどに反応することも大事です。

そこで、生後3日目の乳児の脳に血流を測る機械を取り付けて、刺激を与え脳に信号が伝わっているかどうかを調べたところ、ミルクの匂いに慣れているので、血流に変化は見られません。しかし、バニラのいい匂いを嗅ぐと血流が急に増えたのでした。

赤ちゃんにバニラの匂いを嗅がせると、大脳皮質に反応がありました。逆にアセトンのような有害な物質の匂いを嗅がせると真逆の反応が起こりました。ミルクの匂いを嗅いだ時よりも血流が減少したのです。

つまり、生後3日目の赤ちゃんは、既に“いい匂い”と“いやな匂い”を嗅ぎ分けていることが分かりました。

進化的な視点から見ても重要な能力です。

人は体にとって、良いものと有害なものを識別できないと、生き残ることはできません。

生後3日目の赤ちゃんにも意識があると分かりました。

発達中の胎児の場合はどうでしょう!22週以降に産まれた未熟児にテストを行った結果。25週から26週を過ぎると、ある程度意識の兆候が見られます。それより前の胎児には、あまり明確な反応がありません。つまり、意識は25週前後で目覚めるということです。

これが、人生の始まりなのでしょうか!意識を人生として考えると…

レビー小体型認知症などには意識が清明ではっきりしている時と、夢を見ているかのように、つじつまの合わない言動をする時を交互に繰り返す。意識が変動することが多くありますし、認知症高齢者の意識の衰退は、認知機能障害と身体機能障害と深く関係しているようでもあります。

そう考えると、アルツハイマー病の進行とは、いわば意識の衰退を意味しているのではないでしょうか…

だとすれば…人として誇りや自尊心の衰退ともいえるわけですね!

意識は最期まで残されているわけですから、人としての尊厳は出来るだけ最後まで維持しつつ見守っていきたいものですね。

つまり、人生とは母親の胎内25週目から始まり、意識が無くなるまでということになるのでしょうか!意識が発達した時に、初めて“人は人になり”意識の衰退とともに“人は人でなくなる”のでしょうか?